ブラックホーク・ダウンとホテル・ルワンダ

題材

「ブラックホーク・ダウン」と「ホテル・ルワンダ」、この二つの映画は実はかなり関連があり、どちらも実話に基づいていて、共通のテーマを扱っています。 それは内戦介入です。

内戦

内戦とは、簡単に言えば「一つの国の中で、政治・宗教・民族などで、国民同士が戦い殺しあっている」という様な状態です。戦争とは、国と国が戦っている状態であり、内戦とはかなり意味が違います。ソマリアもルワンダも他国とは戦争したのではないので「ソマリア戦争」や「ルワンダ戦争」はありません。起こったのは、1992-3年の「ソマリア内戦」と1994年の「ルワンダ内戦」です。

ソマリア内戦

ソマリアは、単一民族・単一宗教で、一見すると内戦からは遠い様な国ですが、氏族という独特なものがあり、ソマリ族の中に6つの氏族があってまたその下に十数の支氏族があるという複雑な民族です。1960年の独立以降、バレ大統領の社会主義・独裁政治が長年続き、ソ連と手を組んでいたのでAKやRPGなどソ連製武器が大量に国内に入っていました。バレ大統領は氏族制の撤廃を謳いながら、実際の所は自分の氏族を優遇する様な政治をしていたため、他氏族に不満がたまり、80年代になるとそれが一気に表面化して他氏族が武装蜂起し、内戦に突入しました。ソマリアの内戦は氏族同士の争いです。(また、ソマリア内戦で問題なのは、その争いの理由が、「国を良くしよう」という様なものではなく、単なる権力の奪いあいでした。) そして1991年、アイディード将軍率いる武装勢力USC(ソマリ族の氏族の一つであるババルギディル族が中心)によって、首都のモガディシオからバレ大統領が追放され、無政府状態に突入しました。無政府状態とは、その名の通り国を統治するようなリーダーも政府もなく、法律も警察も機能しない、もはや国という概念さえ存在しない、無法・無秩序状態です。無政府状態になった後、氏族同士の戦闘・殺戮、略奪行為、レイプなどがソマリア全土で横行し、一気に荒廃の一途を辿りました。特に略奪行為がすさまじく、武装したソマリア人が弱い立場のソマリア人から食糧などを略奪し、飢餓が蔓延してソマリア人が大量に餓死するという有様です。内戦によって数十万人の死者・難民が発生しました。

ルワンダ内戦

ルワンダは、もとはベルギーの植民地で、1962年に独立しました。国民の約90%がフツ族で、約10%がツチ族という構成です。1990年に内戦が始まり、93年に和平合意がなされましたが、94年に大統領の飛行機が何者かに撃墜された事件をきっかけにして内戦が再燃しました。ラジオ放送などでツチ族を殺すように呼びかけがなされ、この内戦で、ツチ族の約80万人〜100万人が殺されるという未曾有の大虐殺が行われました。

ソマリアへの介入

ソマリア内戦が始まった頃、当時の国連総長のガリはソマリアのこの問題について訴えていましたが、世界は湾岸戦争(1991年〜)の方にばかり注目していて、ソマリアの事は無視されていました。しかしソマリア内戦が激化して大量の餓死者などがメディアに露出するようになって、やっと世界の関心がソマリアに向かい始めます。 当時のソマリアは、例えるなら、内戦という人災によって甚大な被害を受けて大量の死者が発生している被災地であり、国際世論がソマリアに救援を送るように動き始めます。そして、1992年にアメリカ・フランス・イタリアなど各国からなる国連平和維持軍PKF:Peace Keeping Force)が組織され、人道目的の介入がなされました。ソマリアは食糧などの救援物資を送ってもすぐに武装集団によって略奪されるという無法状態・危険地帯で、国連軍の役割は食糧や救援活動を支援する警察的な役割でした。現在でもソマリアは内戦・無政府状態が続いていて、武装した傭兵を何人も雇わないとろくに外に出れない様な危険な状態です。当時の国連軍は、まさにこの傭兵の役割と同じものでした。それと同時に、武装解除も行われます。武装解除とは要するに「武器を回収する」事です。ソマリアには大量の武器が氾濫していて過剰武装状態であり、BHDにも描かれているモガディシオのバカラマーケットはアフリカ屈指の武器市場で、安価で武器が購入できるような状態です。しかし、国連軍の武装解除にアイディード将軍派などの武装勢力が猛反発し、宣戦布告して抵抗を始めます。ソマリアでは苦しんでいる人が大量にいて救援活動を必要とする氏族や国連軍を歓迎する氏族がいる一方で、武装解除をすすめる国連軍に猛反発して攻撃してくる氏族が同時に存在する複雑な状況です。これもソマリア独特の氏族制度に起因するものでしょう。そのような介入の中で、93年6月5日にアイディード派の武装解除に向かったパキスタン軍が襲撃されて二十数名が虐殺されるという事件が起こり、アイディード将軍が人道に対する罪で指名手配されました。そしてアイディード逮捕作戦が難航するさなか、93年10月3日にブラックホークダウン事件が起こり、米兵の死体がソマリア人達に蹂躙される映像や、人質になったヘリパイロットの映像が流されて、世論が一気に撤退に傾き、これをきっかけに国連軍はソマリアから撤退することになります。

ルワンダへの不介入

ソマリアへの介入の翌年の94年にルワンダ内戦が起こりますが、ソマリアで多数の死者を出した直後であり、国連は介入に及び腰になります。その結果、まともな介入がなされずに、80万人〜100万人の大虐殺を見過ごす結果になりました。 「20世紀の戦争」という本の筆者はソマリアへの介入に関して『国連軍は百数十人の、そしてソマリア側は数千人の死者を出している。このような状況では、国連はPKO、PKF活動のペースを落とさざるを得なくなるものと思われる。そして今回(ソマリアへの人道的介入)参加した国の軍隊と国民は、たとえ要請されても"血を流す可能性"のある地域への派遣は拒否するに違いない。』と述べていますが、まさにこれがルワンダに当てはまりました。

対応

最近は、ソマリアやルワンダのようにリアルタイムで国民同士が殺しあう様な内戦が無い(表面に出てこない?)ので、いまいち内戦というものの実感がわかない(特に平和な日本では)ですが、「ブラックホーク・ダウン」や「ホテル・ルワンダ」を観る事で、内戦と介入についての難しさを感じることができると思います。
「ブラックホーク・ダウン」では、「介入によって平和をつくる」という理想が、現実の前にもろくも崩れ落ちて、無意味な殺しあいに発展する様子が描かれました。そしてその現実を受けて、ルワンダでは「不介入」という選択がなされました。確かに国連軍の兵士が殺される事もなく、現地のルワンダ人との戦闘・死者も発生しません。しかしその結果は、大虐殺の悲劇をただ傍観するだけでした。この光景が「ホテル・ルワンダ」で描かれています。
もしこれから先、世界でソマリア・ルワンダの様な苛烈な内戦がどこかの国で起こったとき、どうするべきだと思いますか?介入しますか?しませんか?介入するなら自分の国の軍隊(日本なら自衛隊)を派遣できますか?武力を伴うべきですか?死者が出たらどうしますか?いつ撤退しますか?
リドリー・スコット監督はBHDを「観客に問いかける作品であって答えを提供する作品ではない」と言いました。これはちょっと漠然としていますが、「それは軍事介入についてだ」と付け加えています。先ほど挙げた内戦と介入についての問いかけが、監督の言葉の意味だと思います。非常に難しい問題で正しい答えは無いでしょう。ただ、関心を持つという事は大事じゃないかと思います。ソマリア・ルワンダの内戦が悪化したのには様々な原因があるでしょうが、一番の原因は世界の無関心かもしれません。これには「BHDを見て初めてソマリアという国を知った」「ホテル・ルワンダを見るまで大虐殺の事を知らなかった」という人も含まるでしょう。もっと早くに世界が関心を持って注意していれば、最悪の状態に至らなかったかもしれません。マザー・テレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心」という言葉を言ったそうですが、この言葉は、最悪の状態にならないと気づかない(興味を持たない)ような世界の無関心に対する批判も含まれていると思います。

映画

ちなみに、「ブラックホーク・ダウン」でリドリー・スコット監督はアカデミー賞監督賞にノミネートされ、「ホテル・ルワンダ」でドン・チードルはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。きちんと映画が評価されて広く観客に観てもらえれば、無関心を減らす一助になるでしょう。

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